2013年4月30日火曜日

ブログのタイトルなど

昨日の昼間の雪は結局積もることはなかったけど、夜中にまた降ったのか、朝起きると車に雪が積もってた。

(うちの愛車の「吉田さん」)

しかも、今日の日中の気温が3度。これって、大阪じゃ真冬やんね。明日にはもう5月になるというのに嫌やわー。

ところで、これを書いてる時点では自分以外に誰も読む人のいてないブログやけど、将来ひょっとしてこのブログを読んでくれる人が現れて、またまたひょっとして「このブログのタイトルなんやねん」って不思議に思ってくれる人が現れるかもしれんので、このブログのタイトルの謂れを少しだけ書いとこ。


まあ、あんまり大したことじゃないんやけど、何度か仕事で行ったことのあるアメリカのナッシュビルというカントリーミュージックの盛んな街に「The Bluebird Cafe」という店があります。実はまだ入ったことはないんやけど、その店のポスターがなかなか素敵で、

こんなん

うちにも小さい冷蔵庫に張るマグネットタイプのポスターを買ってきました。

で、「ブログのタイトルなんかええのんないかなー」って考えているときに、うちの庭に来ていつも僕を幸せな気分にさせてくれる歌鳥さんたちにあやかって「The Bluebird Cafe」のパクリでオマージュで「Songbird Cafe」って付けました。「The」を付けたもんか考え中ですが、いまのところは無しで。


たぶん、このブログのメインの話題になると思うトライアスロンをはじめスポーツのイメージとは全然かけ離れたタイトルやけど、まあスポーツ以外のこともたまには書くんやで、という自分に対するおまじないみたいなもんです。(今のところ僕の推定読者、実家の母さんを始めトライアスロンのことばっかり書いてたら興味なくす人ばっかりやから・・・)


今日は初めて写真付きの投稿をしてみた。意外と簡単やった。



2013年4月29日月曜日

雪や

昨日の投稿で、やっと春が来たか、みたいなことを書いたら今日は吹雪や。

猛烈に吹雪いてる・・・

まあ、気温はそんなに低くないので積りはせんやろうけど。

思えば3年前の5月半ばに家探しでカルガリーに来た時もものすごい吹雪に迎えられたもんなー。

こんなカルガリーで生きている自然の生き物たちって大変やろうな。頭が下がります。うちにくる小鳥たちにはちゃんと餌をあげてやろうと思います。

2013年4月28日日曜日

2年ぶり、ブログ再開!

色々思うことがあって2年ぶりにブログを再開することにしました。 (その辺りの事情は追って書くことにしようと思います。長くなるから。) 

前回ブログを書いていた時はもっぱらどこからでもアクセス出来るトレーニングログ としてのブログだったので、誰かに読まれることは全く想定せずに書いていたけど (まあ、どうせ読まれてなかっただろうし)、今回は少し趣をかえてカルガリーでの 生活一般のこのなどもつれづれに綴って行こうと思う。 

まあ、大阪に居る母さんをはじめ兄弟親戚なんかが(それと少しだけいる日本の友達とかが)、 僕のカナダでの暮らしを垣間みる手だてになれば、くらいの軽い感じで始めていこうかな。 

で、心機一転ブログの名前も変更。(名前の由来なんかは追々分かってくると思います。) デザインも変更。前以上に思い切りシンプルなやつ。シンプルすぎるかも知れんけど。

再開しようと思うと色々書こうと思うことが沢山浮かんでくるんやけど、まあとりあえずは 今日の一日をさらっと振り返ってみるところから始めようかな。 

まず、今日はCalgary Police 5km Raceを走ってきた。(トレーニング以外もとか言っといていきなりレースレポート・・・)

 結果は、



 意外と遅かった。一月ほど前に出張で行ったNashvilleでの5kmレースで初めて19分を切れたので(2秒だけ)、今回は18分台前半を、とか甘い期待を抱いてたのに、19分どころか20分も切られへんかった。

Nashvilleが標高約200メートル、Calgaryが1100 メートル。そのせいかな?Nashvilleの時よりコースは平坦なはずやのに、息が苦しかった、 ような気が・・・あ、それと昨日ほどじゃないけど向かい風が、といっても往復コース やからな・・・

なんやかんやと言い訳はあるんやけど、いつでもどこでも20分は切れるっていうほどの力はまだないわ。それと今日も3キロ過ぎてからの気合いが足りへんかった。 後ろから追っかけてくる人の足音に何とか急かされて走ってたけど、あの人が居らへんかったら絶対にもっとだれてたと思う。まだまだやわ。 

まあ、唯一の収穫は、その追っかけてた人というのが残り500メートルあたりで急に間合いを詰めて来たので、少し泳がせてから残り200メートルあたりから北京五輪でのSimon Whitfield並みの猛スプリントを決めて5位(カテゴリー3位)を死守出来たことかな。ハーフのおまけの5kmレースやから表彰台も何もなかったけど・・・



帰ってからは、4月末になって「やっと来た」感のある春を向かえるために庭掃除。秋にきちんと落ち葉を取っていても冬の間にいろんなところから紛れてくるんやろうね、一面に落ち葉が広がってた。それを綺麗にしてから花壇も掃除。何か見違えて庭が春らしく明るくなったような気が。

あかんあかん、再開初回からいきなり長なりすぎた。

マラソンといっしょ、ぼちぼちスタートが決め手。出来れば、ぼちぼちで頻繁にと言うのが理想やな。

2011年5月9日月曜日

Boston Marathon 2011 (後編)

バスに乗り込んですぐにウトウトし始める。隣に座ったランナーと少し話をするが、リラックスしておきたいので適当に済ませて目をつむる。40分ほどでホプキントンの街に到着。選手村になっている学校の校庭内で適当に場所を見つけて腰を下ろす。この陣地取りではやっぱり早めのバスに乗れたことが幸いしたみたいだった。あとから続々くるランナーは寒い日陰や人通りの多い少しの隙間に小さくなって座っていた。

8時頃に練習と同様にスタート2時間前の補給をする。いつも通りプレーンのベーグルにチョコミルク。やっぱりこれが一番おなかにしっくり来る。寒さ対策で持ってきていた雨具を足に巻いて足を冷やさないように努める。今度来ることがあればもう少し厚手のボトムを持ってきた方が良いかもしれない。ここでもリラックスに努めて、持ってきたiPodで冬の間のロングランで聞いていた音楽を聴いてイメージトレーニング。9時頃にはスタート地点への移動の準備のため着替えを始める。やっぱりレースウェアだとかなり寒い。足に巻いていた雨具を羽織って何とかしのぐ。サポートに持ってきた服などを指定の袋につめてドロップエリアのバスに預けてからいよいよスタートラインへ。途中最後のトイレをすませる。今日はすこぶるおなかの調子がいいようだ。

スタートラインへ着き指定のコラルへ入る。もう後戻りは出来ない。とりあえずボストンへ向かって(文字通り)一直線に走るだけ。不安は驚くほどに無かった。不安や心配をするまでもなく3時間は十分苦しい思いをすることが確実なんだから、その中で自分がどれだけ頑張れるのか楽しみの部分の方が大きかったと思う。

予定通りレースは10時にスタート。噂に聞いていた空軍のジェット機が飛んでくるとか言うようなことは無かった。2分弱でスタートラインを通過。僕のレースが始まる。スタート直後から想像以上の勾配の下りが続く。しばらくするとエリックが後ろから飛ぶように駆け抜けて行くのが見えた(大丈夫か?)。この下りは10キロは続くというランナー潰しのボストンの最初の(隠れた)難関だそうだ。確かに前半のセーブが比較的得意の僕でも思わずペースがあがる。ガーミンのアラートもしょっちゅうなってくれる。これは難儀なレースになりそうだ。

スタート前の寒さの中でも最低限の水分補給をしていたけど、その分スタートしてからしばらくして尿意をモヨオしてくる。どうしようか迷ったけど、多分我慢したところでどこかに消えてくれるものでもないし、まだ下りでリズムの安定していない今済ましてしまう方が良いだろうと5キロ過ぎのトイレに駆け込んだ。(思い出せばミシサガでもこの辺りにトイレに行ったような気がする。)

10キロ過ぎには始めのような下りは無くなりリズムも安定してくる。ただこの辺りから暑さの影響が顕著になってくる。どれくらいの気温だっただろうか?十数度だと思うけど、普段のトレーニングの気温よりそれこそ数十度高い訳だから当然体は異常を感じている。すごく汗をかき喉も乾く。ハーフの通過は予定より1分遅い1時間31分。3時間を狙うにはここからペースを上げないといけない訳だけど、とりあえず30キロまでは出来れば現状維持が精一杯だろうと腹をくくる。結果的に20キロから30キロまでは幾つかの登りの区間を除いてペースを保って走ることができた。

30キロ過ぎだっただろうか、ユイさんをパスする。この冬はあまりトレーニングが出来なかったそうだけどまさかボストンでパスすることは想像をしていなかった。この時点ではまだ僕の方が余裕を持って走れていたようにみえた。ただ残り10キロの時点で僕の時計は2時間20分を回っている。3時間を切りたければ残りの10キロを40分で走らないといけない。いくら何でも無茶なペースで、数キロも保つかどうか分からない。分かっていたこととは言え、ここからは出来るだけ傷を広げないように、無茶をしないように、歩かずに確実に走ってゴールが出来るようにと意識を集中して走り続ける。ただこの意識が逆に体をセーブモードにしてしまったようで、結果的にペースを落とす方に働いてしまった。ガーミンの記録を見てもペースの乱れがはっきりと見て取れる。

残り数キロというところで追い上げてきたユイさんに背中をたたかれて励まされる。この時点ではかなり気持ちが落ち込んでいたように思う。3時間切りを目指してスタートして、分かっていたはずだったけど下りや暑さに思っていた以上のダメージをうけ、何とかゴールにたどり着ければという情けない気持ちになりながら走っていた時だったと思う。頭の中で「3時間切りが簡単だなんて誰がいった?マラソンが簡単だなんて誰がいった?」と自分を叱咤しながら。そんなとき去年の冬に共にトレーニングに励んだ仲間が折れかかった気持ちを立ち直らせてくれたように思う。彼も十分しんどくて辛いはずなのに、背中で僕を引っ張ってくれているように見えた。ギリギリだったのか僕を待ってリードしてくれていたのかは分からない。でも彼の背中を追いかけて、彼をこれ以上遅らせないためにと必死になって着いて行った。あそこでユイさんが現れなかったら最後の数キロがどんなに辛かっただろうかと思う。

フェンウェイ沿いの陸橋をフラフラになりながら通り越して、ダウンタウンに入って行く。すごい人だった。ボイルストン通りに向かう短い登りでユイさんが少し離れてしまいそうになる。このままずるずる引き下がりたくないので得意の登りを思い出して最後の左折に向かいながらユイさんを追い抜く。ゴールまであとどれくらいなのか分からない僕はスプリントのようなペースになっていたように思う。それを見たユイさんは去年のトラックで練習していた時を思い出したのか後ろから「Go Kunio! Go!」と叫んでくれている。ただよく見るとゴールまで800メートル近くある。これはいくら何でもスプリントは出来ない。最悪こんなところでリタイアさえしてしまいかねない。呼吸を整えて沿道の声援を噛み締めるようにして最終ストレートを走りぬけた。(途中ゴールまで数百メートルというところで仰向けにひっくり返ってこけたランナーがいた・・・)3時間5分ちょっと。初めてのボストンマラソンを完走した。

2011年5月5日木曜日

Boston Marathon 2011 (前編)

Boston Marahonからはや3週間が経とうとしている。レースから少し時間を経て、いろいろな思いを消化してからレースレポートを書こうと思っているとなんだか記憶が怪しくなっているような気がする。せっかくの経験なんだからある程度正確に思い出せるうちにいくらかは書いておこうと思う。そういえば去年のボストン・クゥオリファイレースとなったミシサガマラソンはレポートを書かずじまいになってしまったし。

レースウィークは所用でトロントへ三日間ほどの短期出張をすることになり、いつも以上にバタバタするはめになった。ただこちらも重要な仕事を仕上げることになり精神的にはかなり高揚した状態でレースに向かえることになる。さらにトロントでも少しハイペースのロングインターバルを数本こなして、そこそこ標高差のあるカルガリーからボストンへの移動のシミュレーションにもなった。カルガリーへ戻ってからはマッサージを受け、予定通りの練習(ジョグとストライドを中心に)をしてリラックスに努める。

ボストンへは土曜日に移動する。その夜はブレアの兄のマットの家でパスタディナーでもてなしてもらう。しっかりカーボロードさせてもらう。日曜日は奥さんとブレアたちの5キロレースを観戦する。その後プロの1マイルレースもおまけに観戦。闘志を注入してもらう。昼はしっかりメキシカン?のサンドイッチを食べて、あとはゆっくりホテルで寛ぐ。夕方軽くジョグで体をほぐしてからタイ料理のパドタイで最後の食事。去年レースに出まくったおかげでレース前日の行動は一通りパターン化できているような気がする。レースが10時スタートと通常のレースよりかなり遅いスタートになるため朝食もきちんと摂らないといけない。タイ料理屋さんで一番あっさり目の焼き飯と近所のスーパーでベーグル及びチョコレートミルクを買っておく。ここら辺もある程度経験から予測できるようになる。結果的には翌日の体調(おなかの調子も含めて)は最高の状態でレースに挑めることになった。

レース当日は4時50分起床。10時スタートにしては異常に早い起床だけど、ここボストンの朝のロジスティクスを考えるとこれくらいでちょうどになる。とりあえず昨日買い込んだ朝食用の焼き飯を半分たべて、ベーグルとチョコレートミルクをゆっくりおなかに入れる。スタートまでかなり時間があるのでトイレの心配は普段ほどはしなくてもいいけど、逆に十分カロリーを摂っておかないと空腹でスタートを迎えてしまうことになる。予定の分量を食べた後は昨晩しておいた身支度の確認と移動用の服へ着替えをすます。6時頃に予定通りホテルを出発し、スタート地点までの集団移動用のバス乗り場までアップがてらに歩いて移動。7時間後ぐらいにフラフラで通過予定のフィニッシュラインも余裕で通過。

6時半くらいにバス乗り場へ到着。既にかなりの行列ができている。(結果的にはこの時点の行列はほんの序の口であったのだけど・・・)誰を応援しているのか送り出されて行くバスをものすごい絶叫で応援している女の子がいる。朝から随分元気だ。20分ぐらい行列に並んでようやくバスに乗り込む。奥さんもバス乗り場まで見送りに来てくれている。手を振って行ってきますの合図をする。先ほどの女の子が僕らの車列にも大絶叫で応援してくれていた。ありがとうと言いながらボストンを後にする。

2010年4月4日日曜日

久しぶりのSwim Training

早速久しぶりに復帰したスイムトレーニングの感想。

ここしばらくはクロールのストロークにさらに磨きをかけるため、アリッサの指導のもと通常のトレーニングではなく一人特別メニューをもらってひたすらドリルを続ける毎日だった。まあ、色々忙しかったこともありスイムにあまり時間が取れなかったのでちょうど良い機会だったとは言える。フォームが良くなって水の感じが今まで以上に良くなったおかげか、100のタイムトライアルでは自己最高の1分12秒という記録も出せた。

ただ、そのタイムトライアルの後半でも明らかになったように、日々のトレーニング量が圧倒的に不足しているのでスピードが維持出来ない。5本目までのタイムの落ちが18秒。これではトライアスロンというスポーツでは全く役に立たないスピードだ。コリン曰く、「All outと云えども5分ものインターバルならタイムの落ちは5秒くらい」だそうだ。ということでアリッサのspecial missionは3月で終了して4月からは通常のメニューに復帰することにした。

今日はその初日だったけど、やっぱり圧倒的に持久力が落ちている。マラソントレーニングのおかげで呼吸器・循環器系は全然余裕だけど、何せ腕が続かない。HRモニターを押さえるためにトライトップを着ていたせいで余分な抵抗はあったにせよ、今まで余裕で前を泳げた選手たちにもあっという間においていかれる有様だった。水泳はなかなか奥が深い。

ただこういった落ち目は今まで長期休んだ後にはいつもあったことなので、あまり気にしても仕方がない。しっかり時間をかけて量と強度を増やしていこうと思う。今日は足手まといになったトライトップだけど、考えてみれば練習で余分な抵抗をつけて泳ぐのは今の段階では悪くないかもしれない。火曜日にアリッサと相談して時々取り入れてみよう。

ちなみに、腕がすぐ疲れてしまうのは仕方がないにせよ、水をしっかりつかめている感じは落ちていなかった。

技術的なことだが、泳ぎ始めて早速ジェームスに「プッシュで腕が開いている」と指摘された。おそらくこれは最近続けているバタフライのストロークの癖がフリーに出てきてしまっているせいだろう。今日は特に最後のプッシュを意識して泳いだ。

TrainingPeaks 導入

コリンもコーチングに利用しているというTraining Peaksを使い始めてみた。始めは色々ごちゃごちゃアイテムがあって使いにくい印象を持ったが、実は自分の好みに表示のスタイルをカスタマイズ出来ることを最近知った。慣れてみると毎週の総トレーニング時間や種目ごとの時間・距離などを自動で計算してくれたり、なかなか便利な機能が満載であることも分かってきた。

ということで、これから日々のトレーニングログは実質的にTraining Peaksに移行する。ただコメントを日本語で記入するのが煩わしかったり、ここで今まで書いていたような長文の感想を書き込むようにデザインされてなかったりして、全てを移行するわけにはいかないようだ。

これからこのログはトレーニングの内容の記録というよりは、日々のトレーニングで思ったことや感じたこと、あるいは学んだことなどのメモとして利用していこうと思う。もちろんレースレポートもここに記録していくつもり。